めんどくさいとはどういうことなのか?

息をするのもマンドクセ

 絶賛疲れてます。
 結局今日も5時間しか眠れず、首が凝り、肩甲骨周りが凝り、それでも眠気はこないものだから軽く生地獄です。
 なんとか気力を振り絞り、半身浴をして解せましたが、今は右腕の付け根が凝ってます。マウスいじるのも、アイフォンいじるのも右腕なもんで。もう誰かこの腕もいでくれ。

ブログを見回っていた

 はてなダイアリーは面白い。ライフハック系が多いのもあるけど、なんといってもごくごく一般の方でも面白い記事をざくざく書いていたりするからだ。
 例えば、〜のやり方的な記事。画像を貼ったり、参考リンクを貼ったり、フォントをいじったり……とても手が混んでいる。
 これって誰にでもできることではない。だってめんどくさいんだもの。

僕は画像を取り込むのがめんどう

 今のところブログは継続できている。以前書いたけれど、今はもうやる気だとかモチベーションに頼って書いているわけではなく、手癖で思うがまま書いている。だから、『考えるついで』に手頃だったからブログで書いてみました……という感じ。
 少しずつ見出しをつけたり、見栄えをよくしつつ見やすくするために商品リンクをはったりはできるようになってきた。これはやっぱり楽だからだ。せいぜい数秒〜数十秒の手間で済む。
 だけど、例えばデジカメや携帯からPCに画像を取り込んで〜というのはちょっとレベルが違う。めんどくさすぎる。


 なにか、アイフォンでとった画像を自動同期して、はてなのフォトライブラリ的なのに自動リサイズ保存みたいなアプリがあればまだなんとかやる気はでる気がする。あればいいけど、それを探すのもめんど(ry


どうせなら見栄えのいい記事にしたい

 という気持ちは、やっぱりあるんだけど、それをしてしまうとたちまちSAN値がけずられていってしまう。
 必要な手間暇……つまり『やるべきこと』が増えてしまうと、そこには作業が発生する。作業は基本的に楽しくないものだ。誰にでもできるものですしね。
 そうなるともう何も書けなくなる。それはいかん。

自分にしかできないという認識力

 まとめる。見やすくする。演出する。というのは、能力がないとできない。しかし、それらが正しく報われるかどうかというのはかなり疑問である。


 先日知人とこんな話をした。


僕「ニコニコ動画で〜と合わせてみたっていうのがあるじゃないですか。あれで仮に1位とれたとしても、それを作った本人は嬉しいんですかね?」
知人「虚しいだけなんじゃないの? そこにどれだけクリエイティブな要素が入ってるかっていうのが、認められた時の自己顕示欲の満たされ度合いに直結するし」


 誰にでもできることを上手くやるのもまた一つの稀有な才能ではあるんだけど、そこの行くつく先はどこなんだろう? という話。
 僕個人の結論としては、これはそれをどう認識するかという話なんだと思う。『誰にでもできることを突き詰めることで、自分にしかできないことにする』と完全に思えるなら、そこには自他共に認められる価値が生まれるのかもしれない。
 だまし絵みたいなものなのかもしれないですねー。

でもやっぱりめんどくさくね?

 僕はめんどくさいので、めんどくさいという認識があるうちはやらないことにする。たまに再確認としてチャレンジすることはあるかも。でも基本的にはめんどくさいんだ。考えることは能動であり、受動だけど、書くことは能動だから、自分のためだとしてもやっぱり疲れる。
 かといって、効率的なやり方を考えるのもやっぱりどうなのかなーと思ったりする。


 僕が道具を使うのは、それを使うことで目的のためのステップをいくらか飛ばせるからだと最近気づいた。
 この前買った体重計、乗ればオートでスイッチが入り体脂肪やらなんやらまで全部測ってくれる。これにスイッチを押す手間一つでも入っていれば、僕は今頃それをつかわなくなっていたと思う。ちょっと高かったけど、それで僕は毎日体重を測るという習慣を身につけられた。お金で習慣が買えるのなら安いものだと思う。

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めんどくさいは個人の資質による

 めんどくさい認定をするのは、個々人の自分なので一概にはいえないんだけど、基本的にはいくらか乗り越える手段というのはあると思う。
 認識をしっかり定めるというのも手だし(頭でわかって出来るものじゃない気はするけどw)、僕みたいに金にあかせてパワープレイにはしるのもいい(反動としてもっとめんどくさがり屋にはなります。でも何もできないよりはマシ)。


 めんどくさいけど、やりたいことって人間にはいっぱいあると思う。結果がほしいけど、その過程はすっとばしたい。あるある。
 でも、ゲームでチートを使ったことのある人は分かるとおもうけど、伝説の剣をチートで手に入れてもその後はそんなに楽しくないのだ。
 やっぱりめんどくさいとそれなりに戦って、勝ったり負けたり、無視したりしてなんとかたどり着いて、やったぜーうおおおお! というのが楽しいのだと思う。


 めんどくさいと戦うのが人生なのかもしれない。倒せるのかはしらんけど、折り合いを付けられるようになると人生はもっと楽しくなるかもしれませんな。
 あー、めんどくさい。