それは何のために? 〜僕がブログを書く理由〜

この問いはすごく重要なんですよね。ここ数日日記書いてて思いましたが、「必要性が高い」っていうのはもちろん重要なことだし、それは物語の中だけでなく現実世界に生きる僕たちにとっても同様。
明確で強固な理由が必要なんですね。なればこそ冷徹に手段を選ぶことができる。


僕が今ブログを書けてるのは意識の転換ができたからなんですが、それもひとえに理由を決定できたからだと思います。
どうせ書くならすごい記事を書いて、こまめに更新して、アクセス集めて、アフィリエイトも……とやってたらまぁ3日坊主でしょうねw
特に結果が出るのに時間がかかるモノというのは、無理なく続けるための理由を決定する必要があるように感じます。


もちろん貴重な時間や手間を使うのですから、「良い物にしたい」「お金にしたい」というのは尤もなんですが、それだけでは難しい。なぜならそれはさっき書いたように「結果が出るのに時間がかかる」し、「対抗馬がいる」、「スキルが足りない」といった様々な要素が絡んでくるからです。最終的に結果を出すには、それらをある程度の水準まで達している必要がありますし、取らぬ狸の皮算用……そしてそれらを達成できず継続をやめてしまう、しまいには自己嫌悪。
だれでもそういう経験は一度ぐらいはあるんじゃないでしょうか。


しかし振り返って考えてみて欲しいのが、それは例えたった数日間のことだったにせよその間、燃えたぎるようなモチベーションがあったのではないか? ということです。それは決して嘘ではなく、紛れも無い事実としてあったことです。どうかそれを認めてあげて欲しい。
またたった数日間にせよ、勉強や実践で多少なりともスキルは付いているはずなのです。達人が100だとしたら、せいぜい1程度のスキルレベルですが、今まで存在しなかったモノが身体に刻まれたのは確かなことでしょう。


スキルにせよ、結果にせよ、その大半は積み重ねで出来るものです。
いくつか近道もあるのかもしれません(効率とか練習とか言う単語)が、そこを通るにせよエネルギーが必要です。
たとえ近道でも直角に近い急勾配ならば、距離は短くとも消費されるエネルギーは普通の道を通るよりも多いものとなるでしょう。
結果的に、エネルギー切れで頂上へはたどり着けないかも知れません。


そして、そもそもエネルギーはどこから湧いているか? という話です。
僕はこれをきっちり定義することで、継続するコツを身につけました。それこそが、今回のタイトルである『それは何のために?』という問いです。
そもそも何故それを始めたのか? 大体は『楽しさ』だと思うんですよね。大抵のことは自己満足から始まっているはずなんです。ただそこに効率だとか、その先にある結果や自己顕示欲を求めすぎてしまうと、たちまち『楽しさ』というエネルギーの源泉は枯渇してしまって、前に進めなくなってしまう。


要は他人や社会にに理由を求めすぎると、アイデンティティのいくらかが崩壊するという話です。
僕らは本質的に自分のために生きなければならないし、自分を喜ばせるために行動を起こさないといけない。その結果として、たまたま他人や社会に利益をもたらせられた。フィードバックとして多少のお金が入ってきた。という程度で良いんじゃないでしょうか?


これは三日坊主に限らず、スランプにおいても同じ仕組みが働いているような気がします。
僕は小説やシナリオでもう何年もスランプから抜けだせずにいましたが、少し前から書き続けられるようになりましたし。
ただ、『楽しさを忘れるな』と言われても、意識の転換っていうのは結構難しいもんです。そんな時は『嫌いな部分』を徹底的に紙に書きだすことをオススメします。そしてその『嫌いな部分』を避けたり、軽減したりすることから始めてみる。『出来』を考えないことも重要です。

まとめ

・結果を考えない
・お金を考えない
・誰かになろうとしない
・自己完結な理由を考える
・楽しさを感じる
・効率を無視する
・練習もしたくなければ当分はしない
・とにかくちょっとだけでも続ける
・続けるうちになんとなく形になる


かなり切羽詰まった人向けですが、実際かなり効くと思います。特に3日坊主体質を持ってる人や、めんどくさがりなタイプには効果テキメンかと。
本当にやりたくなけりゃやらなきゃいいんですし、人生には他にも楽しいこともあるでしょう。諦めても人生全てがダメになるわけじゃない。
それでも諦められないなら、一点突破。今やれることを一つだけ決めて、それ以外のこと(反応とか、みてくれとか、お金とか)は一切無視すること。とにかく這ってでも前に進むこと。
なんかもうそれだけなんじゃないかなーと、思えてきました。
もっと適当でええんやでー。