モノの価値とは自分で作り出すものだ

あなたはご飯を全部食べますか?

 僕は食べません。お腹がいっぱいになったら家でも外でも、遠慮なく残します。それはなぜかというと、『いっぱい以上に食べることは体感的に良くないこと』だからです。


 人間の脳というのは不思議なもので、満腹になるとどれだけ美味しい料理でもおいしくなく感じてくるようになります。その状態になってまで胃袋に食料を詰め込むことは、身体的に考えた場合デメリットが大きいです。


 もちろん『頂きます』の意味を軽んじているわけではありません。ですが、自分にどこまでも正直になったとき、自分の利益を優先した時、僕は満腹を超えてご飯をたべることはしません。


モノの価値ってどこにあるんだろう?

 人によって感じ方は違うと思います。例えば本。僕は本の価値は中身にあると思っているので、中身さえ読めればペーパーだろうが、電書だろうが、なんでも良いのです。しかし、中にはコレクション的に、読破した本を本棚にならべ眺めることに価値を見出す人もいるでしょう。


 モノの価値はその人の価値判断基準によって決まります。


僕はモノを使い倒す

 先日のニコ生の話題が発端となり、フォロワーさんから『藤田さんの本の裁断は具体的にはどのようにしているのでしょうか?』というような質問をいただきました。


 僕はハードカバーの本が大嫌いなんですよね。重いし、嵩張るし、ボール板のような表紙のせいで折り曲げて読むことができない。そこで思いついたのが、『じゃあカッターで表紙をぶった切ろう』というものでした。



 大体こんな感じです。裁断の対象になるのは、『売る気がない本』『読み返す本』の二種類です。前者はブックオフなどで安く仕入れた本たちで、後者は専門書などの類です。


 これだけに飽きたらず、何度も読み返す場所が決まっている本などは章ごとにカットして、ホットボンドで接着していたりします。ここまでくると本の原型はとどめていません。完全に何かの冊子の残骸に見えます。ですが、僕にとって本の価値を最大に引き出すためにはこういう方法をとったほうが良いと感じるのです。


モノの価値は金額だけで決まるのか?

 否です。それを買った当人が、どのように使うかにかかっています。しかし、どのような形でも価値を最大に引き出す方法というのはあるように思います。


 価値とお金は直結しやすいものですが、それだけじゃない。どのように使うか、どのように捉えるかによって、大きくも小さくもなるものだと僕は考えています。


 みなさんにとってモノの価値とはなんでしょうか? 普段あまり気にしないことかもしれませんが、一度考えてみると面白いかもしれませんね。


 今日はそんな小話でした。ではでは!